最近、自作フリーソフトの質問を受け付けていて、少し考えることがありました。
ここ最近「PCを使う人が激減」「スマホ/タブレットを使う人が激増」という傾向があることは、皆様も既にご存じかと思います。
しかしさらに、これら2つが合わさって、やっかいな状況が生じていると感じます。
多くの場合、PCを使わない人が増えていると言っても「家庭で/プライベートでPCを使わない人が増えている」だけであって、仕事ではPCを使わざるをえない人は多いでしょう。こういう人々は、スマホ/タブレットは使い慣れていて(スマホ/タブレット流のユーザーインタフェース(操作感)には慣れていて)、さらに、インターネットを使用することにも慣れているけれど、PCの使い方はよく分からない、となります。でも、仕事だから使わなければならない。
この場合、スマホ/タブレット流の使い方でPCを使おうとして、トラブルを発生させてしまうのではないか考えます。最近聞いたトラブルで、次のようなものがありました。
スマホ/タブレットの使い方には詳しいためか、Webフォームから質問を送ることは容易です。昔であれば、Webフォームから質問を送るスキルを持っていれば、PCのスキルも持っている人が大半でした。でも、上記のような傾向により、インターネットは分かっていてもPCのことはよく分かりません。Windowsのバージョンも分からない。『基本的な』操作方法もわからない。一般的にフリーソフトに手を出すレベルの人なら『常識的』に知っていそうなことがわからない。各アプリケーションの設定変更は、OSの「コントロール パネル」か「設定アプリ?」かなんかから、集中管理できると思っている。例えばiPhoneでは「設定」アプリから各ソフトの基本的な設定を管理できますが、Windowsでフリーソフトを使う場合はそうならないことが多いため、混乱しているのかもしれません。
ちなみに前者の質問(インストール版の存在しない云々…)は、なぜ生じているのでしょう? おそらく、そもそもスマホやタブレットを使用している人にとっては、「インストール版が存在しないソフトウェア」という概念が理解できません。アプリはGooglePlayやAppStoreから入手でき、画面をタップして認証すれば自動的にインストールされ使用開始できるようになることが当然であり、当たり前であり、それ以外のアプリ導入に関する概念がこの世に存在していることを知らないのです。
なので、作者が「zip版しか公開していない、インストール版は存在しない」と教えても、ユーザーは理解できません。何を言われているのか、わからないのです。その人にしてみれば『だってダウンロードして「開く」を押したら、何かが開いたじゃないか。アンタが作ったアプリが動いたんだろ?』と思うことでしょう。
実際は、zipファイルをダウンロードして「開く」と、エクスプローラがzipファイルの中身のファイルを一覧表示します。ユーザーはそれを見て、「インストールしたアプリが動いたらしいが、何が起きているか不明」と感じます。きっとスマホだったら、その操作だけでアプリが利用可能になる認識でしょうからね。
かつて、私のサークルの仲間で、「インストーラを伴うアプリケーションは、裏で何をやっているのかわからないから=怪しいから使いたくない」と言っている人がいました。
私と同じフリーソフト作者でも、「インストーラを配布しているのは作者のかっこつけであり、本来は不要なはずのものである。インストーラであることを目にしただけで使用をやめてしまうユーザーがいるはず」という主張をしていました。
私も、学生の頃はそんな感じの思いを抱えていました。
ただ、上記のようなユーザーは、zip版ソフトウェアを渡されても何をしたら良いのかわからないことになります。「インストーラであることを目にしただけで使用をやめてしまうユーザー」の逆の、zip版を渡されて使用をやめてしまうユーザーということになります。
「インストーラであることを目にしただけで使用をやめてしまうユーザーがいるはず」という主張に関しては、かつて学生時代の私にとってだったら正しいです。逆に、PCに詳しくないユーザーにとっては、逆効果になります。
(フリーソフトはPC熟練者だけのものであり、PCに詳しくないユーザーはどんどん切り捨ててしまえ!という主張も可能でしょうけど、今回はそのことについては考えないことにしましょう)
後者の、タスクバーの通知領域云々…について。PCに使い慣れている人なら『常識的』に知っているであろうアイコンが隠れる仕組みについて、知らない人が増えたのではないかと思います。
かつて、多くのメーカー製PCが、初期状態で多くの常駐物をインストールしたことから、通知領域に大量のアイコンが溢れかえる状態になっていました。事態を重く見たマイクロソフト社は、ユーザーに生じる混乱を最小限にすべく、あまり使用しないアイコンは徹底的に隠すようにしました。最近のバージョンのWindowsでは、アイコンを隠す動作がデフォルトとなりました。
ここで、Windowsの常駐ソフトウェアを使用している人なら、『常識的』にアイコンが通知領域に表示されることは理解しているはずで、それなのにアイコンが見えなければ、「<」「▲」ボタンをクリックすれば表示されることは『常識的』に知っているはずで、通知領域のアイコンを右クリックすればメニューが表示されて、設定がその中にあるであろうことは『常識的』に知っているはずです。
ただ、ソフトウェア作者が、そういったカッコ付きの『常識的』な感覚に頼りすぎてしまって、不親切なソフトウェア作りをしてしまっているのではないかと思います。なので、その常識を知らない人は使えない。スマホ/タブレットで別の常識に染まってしまった世界の人にとっては、使えない。
この『常識的』は、PCに詳しい人、PCのソフトウェアを使う感覚に優れた人ならば、あまりにもそれを「自然」に考えてしまいがちです。ただ、そういった人は、世の中の多数派ではなくなってしまいました。
PCに不慣れな人、スマホ/タブレットのユーザーインタフェースのみに優れている人を相手にする場合、そういった、「PCに詳しい人向けの文脈」に基づくUIデザインでは伝わらないのです。
スマホ/タブレットのアプリを使用している感覚で、いかに自然に使ってもらえるか。あるいは自然ではなかったとしても、使い方を気づかせてあげるようなUIをどうやったら作れるか。
2019年は、そういったことを考えて実践する1年にしてみたいです。